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Japan Blog

プログラム可能な超伝導プロセッサを使用した量子超越性



※ 以下は、量子超越性の実験について Google AI Blog に掲載した内容の翻訳です。

量子コンピューターは、物理学者の間で 30 年以上にわたり、その力について議論が続いていますが、一方で有用性や投資する価値の有無については、常に疑問視されてきました。このような大きなスケールの問題に取り組む場合、具体的な短期目標を策定することが、優れたエンジニアリングの手法といわれています。そこで私たちは、先ほどの質問の解を求めて、重要なマイルストーンとなる実験を考案しました。この量子超越性の実験では、コンピュータをプログラム可能かつパワフルにするために、量子システム エンジニアリング固有の技術的挑戦を乗り越えなければいけませんでした。システム全体のパフォーマンスをテストするために我々はコンピュータの中の要素が一つでも不十分な場合、テストが失敗する高感度なベンチマークを選びました。

Google では 10 月 23 日、Nature 誌 に「Quantum Supremacy Using a Programmable Superconducting Processor」として量子超越性の実験結果を発表しました。ベンチマークテストを実施する為、「Sycamore(シカモア)」と名付けた高速かつ忠実度の高い量子論理ゲートで構成された 54 量子ビットプロセッサを開発し、これを用いて当該テストを実施したところ、 200 秒で目標の計算を実行しました。なお、同様のプロセスを世界最速のスーパーコンピューターで行った場合、計算に 1 万年を要すると推定されます。

「Sycamore(シカモア)」を想像したアーティストが書いた画像とシカモア本物の画像。

Left: Artist's rendition of the Sycamore processor mounted in the cryostat. (Full Res Version; Forest Stearns, Google AI Quantum Artist in Residence) Right: Photograph of the Sycamore processor. (Full Res Version; Erik Lucero, Research Scientist and Lead Production Quantum Hardware)

実験

このベンチマークの仕組みを理解するために、量子コンピューティングの初心者が私たちの研究室を訪れ、新しいチップで量子アルゴリズムを実行するようなシーンを想定して解説します。まず、アルゴリズムは、限られた種類の基本的なゲート操作で構成することができます。各ゲートにはエラーが発生する可能性があるため、合計約 1,000 ゲート程度のゲートからなる控えめなシーケンスを実行することを考えます。量子コンピューターを扱った経験がないとすると、まず、一見ランダムなゲートシーケンスのようなものを作成するでしょう。これは量子コンピューティングにおける「Hello World」に当たります。古典的なアルゴリズムで効率的に扱えるような構造がランダム回路にはないため、このような量子回路をエミュレートするには、通常、膨大な量の古典的スーパーコンピュータの処理が必要になります。

量子プロセッサでこれらのゲートシーケンスを実行すると、0000101 の様なビット列が出力されます。量子干渉の影響で実験を繰り返すとあるビット列は他のビット列よりも出現する確率が高まります。ランダムな量子回路から出力される可能性が最も高いビット列は、量子ビットの数(幅)とゲートのサイクル(深さ)が増加するほど、古典的なコンピューターで求めることが急激に難しくなっていきます。

繰り返すとあるビット列の出現する確率が高まるプロセスを示す画像。

Process for demonstrating quantum supremacy.

Process for demonstrating quantum supremacy.
実験では、まず深さを一定にした状態で 12 ~ 53 量子ビットのランダムで単純な回路を実行しました。その後、量子コンピューターのパフォーマンスを古典的なのシミュレーションで確認しながら、理論的なモデルと比較しました。システムの動作確認が取れた後、53 量子ビットでランダムにより複雑な回路を作成し、古典的なシミュレーションが不可能になるまで回路の深さを増やしました。

量子コンピューターのパフォーマンスを古典的なのシミュレーションを示すグラフの画像。

Estimate of the verification time for quantum supremacy circuits as a function of the number of qubits and number of cycles for the Schrödinger-Feynman algorithm. The red stars show the estimated verification time for the experimental circuits.

これは、古典的なコンピュータは「合理的な」計算モデルを効率的に実装できるとした、従来の拡張された拡張されたチャーチ=チューリングのテーゼに対する、初めての挑戦となる実験です。古典的なコンピュータでは効率的にエミュレートできない量子計算を実行することで、私たちは探求すべきコンピューティングの新境地を切り拓きました。

Sycamore プロセッサ

量子超越性の実験は、 私たちが Sycamore と名付けた、完全にプログラム可能な 54 量子ビット プロセッサで実施しました。各量子ビットは他の 4 つの量子ビットに接続された 2 次元のグリッドで構成されています。つまり、チップには十分な接続性があり、量子ビットの状態はプロセッサ全体で迅速に影響しあうため、古典的なコンピュータで効率的に模倣するのが困難です。

本実験を成功に導いた要因の一つとして、複数のゲートを同時に動作させた場合でも安定して記録的なパフォーマンスを得る、高性能な並列性を持つ 2 量子ビットゲートがあります。これは、私たちが新たに考案した隣あった量子ビットの相互作用をオフにできるコントロール ノブ で実現しました。これにより、複雑かつ多重接続された量子ビット システムのエラーが大幅に削減されます。さらに、クロストークを低減するためのチップデザインを最適化するとともに、量子ビットの欠陥を避けるための新たなキャリブレーションコントロール方法を開発し、より強力なパフォーマンスを得ることに成功しました。

私たちは 2 次元の正方形グリッドで各量子ビットがその他の 4 つの量子ビットに接続する回路を設計しました。このアーキテクチャは、エラー訂正実験に対して前方互換性があります。私たちが「Sycamore」と名付けた 54 量子ビットプロセッサは、これまで以上に強力な量子プロセッサのシリーズ第一弾です。

「Sycamore」の量子ビットアーキテクチャを示す画像。

Heat map showing single- (e1; crosses) and two-qubit (e2; bars) Pauli errors for all qubits operating simultaneously. The layout shown follows the distribution of the qubits on the processor. (Courtesy of Nature magazine.)

量子物理学的な試験

量子コンピュータの将来的な有用性を確かめる上で、量子力学に起因する根本的な問題がないことを確認することも必要です。物理学には、実験を通じて理論の限界をテストしてきた長い歴史があります。これは、大きく異なるスケールで事象を調べ始めると、新しい現象がしばしば現れるためです。私たちが行った以前の実験から、約 1,000次元 の状態空間までは、量子力学から期待される通りに機能することが示されました。私たちは、今回 1 京次元までこの実験を拡張しましたが、すべてが期待どおりに機能しました。また、基礎的な量子理論のテストとして 2 量子ビットゲートの誤差を測定し 、完全な量子優位回路のベンチマーク結果が正確に予測されていることを確認しました。これは、量子コンピュータのエラーを悪化させる可能性をもつ、予想外の物理学的障害が存在しないことを示しています。従って、私たちの実験は、より複雑な量子コンピュータが理論に従って動作している証拠を示しており、今後の拡張に向けた努力を強い確信のもとに継続することができます。

用途

Sycamore 量子コンピュータは完全にプログラム可能であり、汎用量子アルゴリズムを実行できます。昨年春に量子超越性における実験結果を達成して以来、私たちのチームでは、すでに量子物理シミュレーションや量子化学、生成モデルの機械学習をはじめとする、比較的短期的に有用な結果が期待できる様々な分野への応用に取り組んでいます。

また、コンピュータ サイエンスの用途に向けた初めての広く有用な量子アルゴリズムとして、保証可能な量子ランダム性も確立しました。ランダム性はコンピュータサイエンスにとって重要なリソースであり、特に量子コンピュータからの数値を自己チェック(保証)ができる場合、量子ランダム性はゴールドスタンダードになります。すでにテスト実験を実施しており、今後数か月をかけ、保証可能な乱数を提供するプロトタイプに、このアルゴリズムを実装する予定です。

今後について

量子コンピューティングで価値のあるアプリケーションを見つけるために、私たちのチームは主な課題をふたつ設定しています。まず一つ目は、共同研究者や学術研究者に加え、現在 NISQ プロセッサ向けのアルゴリズム開発とアプリケーションの探索に取り組んでいる企業を対象に、将来的に Google の量子超越クラスのコンピューターを活用できる環境の構築を目指しています。優秀な研究者はイノベーションのための最も重要なリソースです。、新たなコンピュータの誕生が、意義ある発明に挑戦しようという動機に繋がり、より多くの研究者が量子コンピューティングの研究に参加するようになることを期待しています。

二つ目は、社内チームとテクノロジーへの投資により、フォールト トレラントな(起こりうる障害に対する耐性を持つ)量子コンピュータを可能な限り迅速に構築することです。このようなデバイスが可能になれば、多数の価値ある応用を促すことにつながると考えています。たとえば、量子コンピューティングは、新しい材料の設計や、自動車用の軽量バッテリー、より効率的に肥料を生産できる新しい触媒 (現在の方法では、世界の炭素排出量の 2% 以上に当たる炭素を排出しています)、もっと効果的な医薬品の開発等が該当します。このような情報処理の機能を実現するためには、今後も長年に渡る根気強いエンジニアリングと科学的な挑戦が必要です。今日、その道筋はこれまで以上に鮮明になりました。量子コンピューターの発展に対し期待に胸を膨らませています。

謝辞

本論文の発表にあたり、カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校、アメリカ航空宇宙局エイムズ研究センター、オークリッジ国立研究所、ユーリヒ総合研究機構をはじめとする多数の皆様のお力添えをいただきました。心より感謝の意を表し、厚く御礼申し上げます。